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世田谷一家殺害 アーカイブ

2008年12月13日

世田谷一家殺害、両親が声振り絞り「今も悔しい、悲しい」

事件発生から丸8年を前に、記者会見する宮沢みきおさんの両親(13日午前、東京・世田谷区で)=三浦邦彦撮影

 東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん(当時44歳)宅で一家4人が殺害されてから今月末で丸8年。捜査が長期化する中、みきおさんの両親が13日、記者会見し、事件の早期解決に向けた情報の提供や時効制度の見直しなどを訴えた。

 この日、みきおさんの自宅近くの公民館で午前10時に始まった会見には、みきおさんの父良行さん(80)と母節子さん(77)の2人が出席。節子さんが会見に臨むのは事件後初めてで、良行さんが「情報を集めるためには、恥ずかしいなどとは言っていられない」と、節子さんを説得して出席させたことを明らかにした。良行さんはみきおさん一家について「親にとってこれ以上ない良い家庭だった。これがたちまち壊されてしまい、うまく言葉にできないほど今も悔しいし、悲しい」と声を振り絞った。

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2007年12月30日

現場に献花、犯人逮捕誓う――世田谷一家殺害事件から7年

世田谷一家殺害事件から7年。現場前の献花台に献花する警視庁の捜査員ら=30日

 東京都世田谷区で2000年、会社員宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が自宅で殺害された事件は30日で発生から丸7年を迎えた。宮沢さん宅前には献花台が設けられ、警視庁の舟本馨刑事部長や捜査員らが白いカーネーションを手向け、犯人逮捕を誓った。

 成城署捜査本部はこれまでに延べ16万1000人の捜査員を投入。現在は60人態勢で「物取り」と「恨み」の両面から捜査を続けている。

 今年に入り、宮沢さんの自宅から半径500メートルのエリアを中心に、住民らへの聞き込み捜査を再徹底。これまで漏れていた住人や転出者情報の洗い出しに努める一方、了解の得られた住民から指紋や唾液を採り、現場に残された犯人の指紋やDNA型との照合作業を進めている。

 事件は2000年12月31日に発覚。宮沢さんや妻泰子さん=当時(41)、長女の小学2年にいなちゃん=同(8)=が刃物で刺殺され、長男で保育園児礼ちゃん=同(6)=は鼻や口をふさがれ窒息死していた。
〔共同〕

NIKKEI NET 2007/12/30 (12:11)

一般手紙類の物色跡なし=直近年賀状だけ消える−世田谷一家殺害7年・警視庁

東京都世田谷区で宮沢みきおさん一家4人が殺害された事件で、発生から丸7年を迎えた30日、警視庁の捜査幹部らが現場となった宮沢さん宅で献花し、解決への誓いを新たにした(同日午前、東京都世田谷区上祖師谷)

 2000年12月、東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件で、警視庁成城署捜査本部は29日までに、一家に届いた一般の手紙やはがきに物色された形跡がないことを確認した。同年正月分の年賀状だけが消えており、犯人が持ち去った疑いもあるとみている。

 犯人がけがをして止血に生理用品の裏面を使ったことも判明。事件は30日で発生から丸7年を迎え、捜査本部は恨みと金目当てを視野に幅広く捜査している。

2007/12/30-02:35 時事通信

2007年12月28日

【衝撃事件の核心】捜査“滑って”いないか 世田谷一家4人殺害事件の7年

宮沢みきおさん、妻の泰子さん、長女のにいなちゃん、弟の礼ちゃんが遺体で発見された。衝撃の事件現場となった宮沢さん宅で検証を行う捜査員たち=平成12年12月31日午前(本社ヘリから宮川浩和撮影)

 平成12年に東京都世田谷区で発生した宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人殺害事件は、30日で発生から丸7年を迎える。妹の泰子さん=同(41)=家族を一瞬で失った入江杏さん(50)は今月、心の変遷をつづった「この悲しみの意味を知ることができるなら」(春秋社刊)を出版。心の傷は癒えないが、遺族として事件と真正面から向き合おうと歩み出した。一方、警視庁成城署捜査本部は当初の捜査に“漏れ”があった反省を踏まえ、現場周辺での聞き込みなど基本捜査への「原点回帰」を徹底している。風化と戦いながら、7年の時を埋める捜査が続く。(森本充)

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2007年12月25日

世田谷一家惨殺 被害者姉が出版 喪失と絶望、再生の物語

「本を書いている時間が幸せだった」と語る入江杏さん=東京都千代田区で2007年12月3日午前11時28分、内藤絵美撮影

 00年12月31日、世紀末の東京で一家4人が惨殺された。「世田谷事件」の名で記憶される未解決事件で、当時隣家に住んで発見者となった被害者の姉が、7年後の年の瀬に心の軌跡を本に記した。書名は「この悲しみの意味を知ることができるなら」。喪失と絶望の果てに出会った再生の物語がつづってある。

 07年師走の都心。事件後に転居した家の近くのカフェに、五十路に達した姉がいた。テーブルに置かれた本には「入江杏」の著者名がある。8歳と6歳で早世しためいとおい。我が子のように愛した二人の「証」を遺(のこ)そうと、二つの名をローマ字にし並べ替えてペンネームにした。

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2007年12月23日

一家4人殺害事件から7年、荻窪駅前で情報提供呼びかけ

世田谷一家殺人事件の犯人が着用していたシャツを着て情報提供を呼びかける警察官ら(東京・荻窪駅前で)

 東京都世田谷区で2000年12月、宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件から30日で7年になるのを前に、みきおさんの妻泰子さん(同41歳)の姉、入江杏さん(50)が23日、新宿区の早稲田大で講演した。

 入江さんは、事件を機に「人の痛みを理解できる子どもたちを育てたい」と人の優しさや生と死について描いた絵本の読み聞かせ活動を始めた。今月、事件直後の喪失感から立ち直るまでの軌跡をつづった「この悲しみの意味を知ることができるなら」(春秋社)を出版。講演では、「7年の間、解決を願わない日は1日たりともなかった」と話し、「みなさんの心に4人の生きた姿をとどめておいて」と訴えた。

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2007年12月14日

警察庁 3事件に公的懸賞金

 ■世田谷一家4人殺害/質店経営者夫婦殺害/京都の男子学生刺殺

 東京都世田谷区で平成12年、会社員の宮沢みきおさん=当時(44)=ら一家4人が刃物などにより殺害された事件など2件の強盗殺人事件と、今年1月、京都市の大学生=当時(20)=が刺殺された事件の計3事件について、警察庁は13日、解決に結びついた情報の提供者に公費で懸賞金を出す「公的懸賞制度」の対象とすることを決めた。

 懸賞の対象となるのは宮沢さん事件のほか、平成14年12月、東京都江東区北砂の質店で、経営者の藤井義正さん=当時(78)=と妻、えつ子さん=同(74)=の2人が殺害された強盗殺人事件▽京都市左京区岩倉町で今年1月、同市右京区の精華大生、千葉大作さん=同(20)=が殺害された事件。

 いずれも、事件解決につながる情報の提供者に対し、貢献度を審査した上で最高で300万円が支払われる。

 事件の指定は今回で5回目、対象事件は計20事件となった。

12月14日8時1分配信 産経新聞

2006年12月31日

母親が介抱?ティッシュに長女の血 世田谷一家殺害事件

 東京都世田谷区で00年12月、会社員宮澤みきおさん(当時44)一家4人が自宅で殺害された事件で、現場に長女にいなさん(同8)の血が付着したティッシュが落ちていたことがわかった。母親の泰子さん(同41)が自らも傷を負いながら、にいなさんを介抱するのに使ったとみられる。警視庁は、泰子さんの動きに気づいた犯人が再び2人を襲った疑いもあるとみて調べている。

 成城署捜査本部の調べでは、泰子さんとにいなさんは、2階廊下で倒れていた。2人はロフトにいたところを襲われたとされている。ティッシュは、泰子さんがにいなさんの出血を止めるのに使った可能性があるという。

 同本部は、泰子さんはにいなさんの手当てをした際、まだ致命傷を負っていなかった可能性があるとみている。犯人が2人を襲った後にいったんその場を離れたが、ティッシュでにいなさんの傷の手当てをする泰子さんの動きや物音に気づいて再度戻り、2人に致命傷を与えたことも考えられるという。

 また、現場に残されていた犯人の血痕などから採取したDNA型が、日本人には少ない型とする専門家の意見があることもわかった。捜査本部は、犯人が外国人や混血の可能性も視野に入れている。情報提供を呼びかけるホームページの内容も今月、英語、中国語、ハングル版を新たに開設し、外国人にも協力を求めている。

2006年12月31日10時05分 asahi.com

2006年12月30日

警視庁が捜査会議公開 世田谷一家殺害事件から6年

 宮澤さん宅の玄関前で焼香し、手を合わせる警視庁の金高雅仁刑事部長=東京都世田谷区上祖師谷3丁目で

 警視庁の成城署捜査本部は30日、事件の発覚から6年を前に、捜査会議を報道陣に公開した。金高雅仁刑事部長が「日本の治安のため、警視庁刑事の誇りにかけても犯人を逮捕する必要がある」と訓示した。

 同日は捜査員が近くの駅でチラシを配り、情報提供を呼びかけた。現場の宮澤さん宅前では捜査関係者が献花して、一家の冥福を祈り、事件解決を誓った。

 捜査1課の中原実警部補(47)は「時間はかかっているが確実に捜査し、犯人をあぶり出す努力を続けている」と話した。

2006年12月30日20時34分 asahi.com

世田谷一家殺人から6年、刑事部長訓示「逮捕誓おう」

 2000年12月、東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん一家4人が殺害された事件から丸6年を迎えた30日、捜査本部のある警視庁成城署で捜査会議の一部が公開された。写真は訓示する金高刑事部長(中央)(時事通信社)

 東京都世田谷区で宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件から丸6年となった30日、警視庁は、成城署特捜本部の捜査会議を公開し、金高雅仁刑事部長が一家の遺影を前に、「4人と遺族の無念を晴らせるのは皆さん方だ。草の根を分けても犯人を捜し出して逮捕すると心に誓おう」と捜査員約80人に呼びかけた。

 同庁はこの事件に、これまで延べ約14万人の捜査員を投入して捜査を続けている。会議後、捜査1課の望月聡英警部補(36)は、「地道に遺留品の販売ルートを捜査しているが、1日ごとに確実に犯人を追いつめていると信じている」と話した。情報提供は、同署特捜本部(03・3482・3829)へ。

(2006年12月30日18時59分 読売新聞)

犯人逮捕への思い新たに・警視庁が捜査会議公開

 世田谷一家4人殺害事件の捜査会議で訓示する警視庁の金高雅仁刑事部長=30日、東京・成城署〔共同〕

 東京・世田谷の宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人殺害事件発生から丸6年を迎えた30日、警視庁成城署捜査本部は捜査会議を公開した。

 金高雅仁刑事部長は冒頭「亡くなった4人やご遺族の無念を晴らせるのはここにいる皆さんだけ。草の根かき分けても犯人を捜し出す強い思いを心に誓い合ってほしい」と訓示。捜査員らは4人の遺影を前に、犯人逮捕への思いを新たにした。

 2人の捜査員が同日、報道各社のインタビューに応じ、中原実警部補(47)は「(着衣などの)遺留品は犯人の生活状況、内面的部分を最もよく表している。確実に捜査しあぶり出す」と語った。望月聡英警部補(36)は「どんなにささいでも情報を寄せてほしい」と呼び掛けた。

 会議終了後、金高刑事部長は現場となった宮沢さん方を視察し、玄関前に掲げられた遺影の前で焼香した。午後には捜査員らが宮沢さん方に献花に訪れる。

 捜査本部は犯行時間帯前後の30日午後9時から31日正午にかけて、周辺11カ所で車や人の通行量の調査や、聞き込みを実施する。〔共同〕

NIKKEI NET 20061230 (11:39)

2006年12月27日

世田谷一家殺人、00年の賀状消える…犯人持ち去る?

 東京都世田谷区で2000年12月、会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が自宅で殺害された事件で、一家にあてた00年正月の年賀状が、室内から見つかっていないことがわかった。

 前年までの数年分の年賀状はいずれも残っており、00年分は持ち去られた可能性が高い。

 室内には、犯人が宮沢さん宅に保管されていた書類を選別したような形跡があったことから警視庁成城署特捜本部では、犯人が、宮沢さん一家との接点を隠すために、特定の年賀状だけを処分した疑いもあるとみて調べている。

 特捜本部によると、事件後、宮沢さん宅の散乱した室内からは、1999年以前に届いた年賀状が数年分まとまって保管されているのが見つかったが、00年の正月の年賀状は一枚も発見されなかった。

 特捜本部に対し、宮沢さん一家の知人や友人らは、「00年も年賀状を出した」と証言していることから、事件の際、犯人が持ち去った可能性が高まっている。

 宮沢さん宅の内部は、1階の収納庫や2階の子ども部屋などのタンスの引き出しが開けられて書類が持ち出されたうえ、風呂場の浴槽に投げ込まれていた。

 何かを探すために書類を選別した疑いもあり、特捜本部では、犯人が、この年に年賀状を出した人物かその周辺者の可能性があるとみて、事件に比較的近い時期に知り合った人物の特定を進めている。

(2006年12月27日14時42分 読売新聞)

2006年12月16日

東京の一家4人殺害、現場に切れ目入りハンカチ

 東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が自宅で殺害された事件で、警視庁成城署の特捜本部は15日、特殊な切れ目が入ったハンカチが現場に残されていたことを明らかにした。

 同本部では、犯人がこのハンカチで凶器の包丁の柄を包んでいた可能性が高いとみて、情報提供を呼びかけている。

 現場からは、犯人が持ち込んだとみられる黒いハンカチ2枚が見つかった。特捜本部によると、うち1枚は、真ん中に長さ約3センチの切れ目が入り、そこにハンカチの一部がねじ込まれて、袋状になっていた。

 凶器の柳刃包丁が近くに落ちていたほか、ハンカチから犯人や宮沢さん一家の血液が検出されていることから、特捜本部では、犯人が、手が滑るのを防いだり、返り血を浴びるのを避けたりする目的で、ハンカチに細工をし、袋状にして包丁の柄を包み込んでいたとみている。

 包丁は、福井県のメーカーが2000年6月に製造した「関孫六」という製品約1500本の1本。特捜本部では、事件前日の同年12月29日昼過ぎ、東京・吉祥寺のスーパーで同製品を購入した男に注目し、似顔絵を作成するなどして捜査を進めている。

 ◆警視庁HP、事件を英語でも説明◆

 今月末で事件から丸6年となるのを前に、15日、警視庁のホームページ(HP)に、英語で事件の概要などを説明したコーナーが設けられた。

 特捜本部では、犯人が外国に渡った可能性もあるとみており、広く情報収集する必要があると判断した。中国語や韓国語のコーナーも年内に設ける。

 情報提供は直通電話(03・3482・3829)か、同庁HP(http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/)から電子メールで受け付ける。

(2006年12月16日0時47分 読売新聞)

2006年12月11日

世田谷一家殺害から6年…追悼集会で情報提供呼びかけ

 世田谷一家殺害事件から6年、追悼集会で手を合わせる地域住民

 東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が自宅で殺害された事件から今月末で丸6年となるのを前に、警視庁成城署は10日、特捜本部の捜査員や地域の防犯ボランティアら約400人を集め、現場近くの都立祖師谷公園で追悼集会を開いた。

 会場の大型スクリーンでは、みきおさんの父、良行さん(78)が捜査員を前に講演した際の映像が公開された。良行さんが「うちには何もお宝はないけれど、4人が宝でした。幸せに暮らしていた4人を奪った犯人を必ず逮捕していただきたい」と涙ながらに訴える場面が映し出されると、参加者たちは無言のまま事件解決への決意を新たにしていた。

 一方、あいさつに立った土田猛署長は、今年に入って特捜本部に寄せられた有力情報を紹介。「事件前日の2000年12月29日午後3時ごろ、犯人のものとよく似たトレーナーやスニーカーなどを身に着けた男が、現場から約2キロ離れた小田急線成城学園前駅近くで目撃されていた」などとして、さらなる情報提供などを呼びかけた。

 長女のにいなちゃん(同8歳)と長男の礼君(同6歳)の同級生だった小中学生2人も追悼文を発表。「にいなちゃんは、人を助ける仕事がしたいという夢を語っていたと聞いています。礼君は、汽車を走らせるのが好きで、電車の運転士さんになりたかったでしょうね」と語りかけ、「2人のかなえられなかった夢を大切に、私たちも人を助けることを心がけたいと思います」と誓っていた。

(2006年12月11日11時33分 読売新聞)

世田谷一家殺害:6年迎え追悼集会 捜査員に遺族涙の訴え

 亡くなった宮沢みきおさん一家の写真の前に献花する少女=東京都世田谷区の祖師谷公園で10日、長谷川直亮写す

 東京都世田谷区で00年、会社員、宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件は、未解決のまま今月30日で6年を迎える。10日、現場の前の公園で警視庁成城署主催の追悼集会が開かれ、みきおさんの父良行さん(78)が今秋初めて捜査員に語りかけた講演ビデオが上映された。「4人は宝だった」「ぜひ犯人を捕まえて。4人に代わってお願いします」。涙ながらの訴えに捜査員は改めて事件解決を誓った。

 講演は10月26日、同署講堂で行われ、捜査員約200人が良行さんの話に聴き入った。みきおさんの妻泰子さん(当時41歳)は「(内助の功で知られる)山内一豊の妻のような嫁さん」、孫のにいなちゃん(同8歳)は「頑張り屋」だった。礼君(同6歳)は、みきおさんに似てかけっこではいつもビリだったが、運動会ではうれしそうに走っていたという。

 良行さんは「(4人は)仲良く、楽しく暮らしていた」と振り返り、「うちには何の宝もない。ただ、あの4人が……」と言うとうつむいて絶句。「事件で奪われてしまい、残念、無念」と思いを吐露した。最後に「ぜひ犯人を捕まえて、罰していただきたい。4人に代わってお願いします」と両手をついて泣きながら深々と頭を下げた。

 同署の男性巡査部長(28)は、住民から「早く捕まえて」と声をかけられるという。拾得物を扱う際も「事件のことを何か知りませんか」と尋ねることを忘れない。講演の感想を「犯人を捕まえられるのは警察しかないとの思いが(講演で)伝わってきた」と話した。

 一方、10日の追悼集会には約400人が参加。にいなちゃん、礼君と同学年にあたる区立船橋中2年、津金あいかさん(14)と区立希望丘小6年、望月恒佑君(11)が「2人のかなえられなかった夢を大切に、人を助けることを心がけて歩み続けたい」と追悼文を読んだ。【鈴木泰広】

毎日新聞 2006年12月11日 10時36分 (最終更新時間 12月11日 11時04分)
(毎日新聞) - 12月11日17時23分更新

2006年12月10日

「4人は宝。犯人捕まえて」=遺族がビデオメッセージ−世田谷一家殺害で追悼集会

 2000年12月に東京都世田谷区で起きた宮沢みきおさん一家殺害事件。追悼集会で土田猛成城署長(中央)が犯人と同じ服装をした警察官を両脇に置き情報提供を呼び掛けた(10日、東京都世田谷区の祖師谷公園)(時事通信社)21時04分更新

 「4人は宝。犯人を必ず捕まえて」。2000年12月、東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件で、警視庁成城署捜査本部は10日、宮沢さん宅そばの公園で追悼集会を開き、献花を行うとともに、遺族のビデオメッセージを流し、犯人の逮捕を改めて誓った。

 集会冒頭、土田猛署長は犯人と同じ服装をした警察官を横に置き、事件前日の同月29日午後の目撃情報などを紹介しながら「このような姿を見た人は、捜査本部にご一報いただきたい。また、特に犯人の家族には、家族を失った思い、悲しみを受け止めてほしい」とあいさつした。

(時事通信) - 12月10日16時0分更新

世田谷一家殺害で遺族が訴え

20061210000075002.jpg平成12年の大みそか、東京・世田谷の住宅で会社員の一家4人が殺害されていた事件から6年がたつのを前に10日、追悼式が行われ、事件の解決を願う遺族の思いを納めたビデオが流されました。

この事件は平成12年12月31日、東京・世田谷区の住宅で、会社員の宮沢みきおさん(44)と妻の泰子さん(41)、長女で小学校2年生だったにいなちゃん(8)と長男で保育園児の礼ちゃん(6)の一家4人が殺害されているのが見つかったものです。

事件からまもなく6年がたつのを前に、10日、現場近くの公園で追悼式が行われ、近所に住む人たちや警視庁の幹部らが花を供えて一家のめい福を祈りました。

このあと、みきおさんの両親が今年10月、捜査員を前に心境を語ったときの様子を納めたビデオがスクリーンに映し出されました。

この中で父親の良行さんは「4人はわたしたちの宝でした。人の幸せを奪った犯人が必ず逮捕され、罰を受けると思っています。みなさんもお疲れでしょうが、ぜひ犯人を捕まえてほしい」と訴えました。

これを受けて、捜査本部が置かれている成城警察署の警察官が「遺族の期待に応えるためにも必ず犯人を捕まえます」と、あらためて事件の解決を誓いました。

NHK 12月10日 12時15分

世田谷一家事件、遺族が講演 「4人の遺志や姿、社会に伝えたい」

 東京都世田谷区で平成12年12月、会社員の宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件は今月末で発生から6年。7回忌を迎えるにあたり、妻の泰子さん=同(41)=の姉、入江杏さん(49)が9日、都内で講演会を開き、突然の別れと悲しみから再生するまでの道のりを語った。

 事件当時、入江さんは宮沢さん一家と隣接する住宅に居住。「なぜ助けられなかったのか」と自暴自棄に陥ったこともあったという。ただ周囲の励ましに加え、絵を描くことを通じて立ち直りのきっかけを模索。5月には宮沢さん一家との思い出をつづった絵本「ずっとつながってるよ」(くもん出版)を出版した。

 この日、入江さんは「どんなに悲しみにくれる人でも、周囲の支えやつながりが必ずあることを感じてほしい。4人は明るく生きて犯罪に最も無縁だった。これからは悲しむだけでなく4人の遺志や姿を社会に伝えていきたい」と訴えた。

 一方、捜査本部が置かれている警視庁成城署は10日、事件現場前の公園で追悼集会を開き、宮沢さんの父、良行さん(78)がみきおさんら4人への思いをビデオを通じて訴える。良行さんはこれまで報道を通じて事件への思いを語ってきたが、公に顔を出してメッセージを送るのは初めて。事件により突然命を奪われた4人への思いや犯人逮捕に向けた願いを会場に設置したテレビ画面を通じて語りかける。

(産経新聞) - 12月10日8時0分更新

2006年11月30日

一家4人殺害 事件前日、近くの駅で似た服装の男目撃

 東京都世田谷区で00年12月、経営コンサルタント会社社員、宮沢みきおさん(当時44歳)の一家4人が殺害された事件で、事件の前日、宮沢さん方から約1.8キロ離れた小田急線成城学園前駅近くで犯人の遺留品と同じデザインのトレーナーを着た男を目撃したとの情報が警視庁成城署捜査本部に寄せられていたことが分かった。ヒップバッグを身に着けていた点も犯人と共通しており、捜査本部は男の特定を急いでいる。

 調べによると、目撃したのは近所の主婦。一家が殺害される前日の00年12月29日午後3時ごろ、同駅近くの道路で、「ラグランシャツ」と呼ばれるトレーナーを着た若い男とすれ違ったという。シャツは袖と首周りが紫色で、犯人が宮沢さん方に遺留したものと同じデザインだった。

 これまでの調べで犯人はヒップバッグを身に着け、韓国製シューズ「スラセンジャー」をはいていたことが分かっているが、目撃された男もヒップバッグを腰に巻き、かかとにスラセンジャーと似たタグ付きのシューズをはいていた。トレーナーの上には何も着ておらず、12月にしては薄着だったので女性の印象に残ったという。一家は00年12月30日深夜、同区上祖師谷3の自宅で殺害された。

(毎日新聞) - 11月30日15時4分更新

【参考サイト】・ASKAの事件簿

2006年10月18日

世田谷一家殺人事件

 世田谷一家殺人事件─。
“真犯人” を特定した単行本に対して、警視庁幹部がクレームをつけたばかりだが、捜査当局は最近になって 「 犯人はアジア系か混血日本人 」 と言い出した。

もう、6年もたっているのに、今ころ、DNA鑑定が出たというのか。

「 それでも、純粋な日本人である可能性も否定できないと言ったり、よくわからない。 完全に迷宮入りなのに、それでは予算がとれないから、ああでもない、こうでもない、と言ってるのじゃないか。 これじゃあ、単行本のことは批判できないよ。 6年だよ、6年 」 (全国紙社会部記者)

論談 記者倶楽部 平成18年10月18日

2006年10月17日

DNA解析「アジア系か混血日本人」…世田谷一家殺害犯人、新展開

 東京都世田谷区で平成12年12月、会社員の宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件で、警視庁成城署捜査本部が犯人をアジア系外国人か、混血の日本人とみて、捜査を始めたことが17日、分かった。犯人の血液のDNAからルーツをたどる人類学的解析で母系に欧州系民族が含まれ、父系はアジア人とみられることが判明、そこから導き出されたという。

 犯人は犯行の際に手を負傷したとみられ、現場に一家と異なる血の付いた指紋や多量の血を吸ったシャツを残していた。

 捜査本部は複数の研究機関の専門家に血液のDNA解析を依頼。塩基配列のパターンから統計的に民族や人種の系図を探る作業も進めた。

 その結果、父系の遺伝子の系図は日本人や韓国人、中国人を含めたアジア系民族で、母系は欧州系と判明。総合的にみた犯人像は、第1にアジア系外国人、第2に日本人でも、母親や祖母の代の比較的近い時期に外国人との婚姻があった混血−との推定に至った。

 ただ、かなりさかのぼった祖先が混血だった可能性も排除できない難点もあり、捜査幹部は「純粋な日本人の犯行の可能性も捨てず幅広く捜査する」としている。

産経・iza 10/17 17:40

2006年08月02日

犯人はスケボー愛好家? 世田谷一家殺害

 東京都世田谷区で平成12年12月、会社員の宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件で、犯人が現場に遺留したヒップバッグから4、5種類の化学物質の微物が検出され、鑑定の結果、スケートボードの滑り止めに使われるグリップテープなどいずれもスケートボード関連製品の成分と一致することが1日、警視庁成城署捜査本部の調べで分かった。捜査本部はスケートボード愛好者が犯人の可能性が強いとみて捜査している。

 現場となった宮沢さん宅には血の付いたトレーナーや凶器、ヒップバッグなど、多くの遺留品が残されていた。

 捜査本部でヒップバッグを調べたところ、チタン酸バリウムなど4、5種類の微物を検出。これらの物質について詳しく調べたところ、最近になって、すべてスケートボードのグッズに利用されているものであることが判明したという。微物はいずれもスケートボードから削れるなどしてバッグに入ったとみられている。

 宮沢さん宅前の公園はジャンプ用の板などが置かれており、スケートボード愛好者が集まっていた。このため、地元のスケートボード愛好者について調べたが、宮沢さん一家とトラブルになっていた人物はいなかった。このため捜査本部は、地元以外のスケートボード愛好家が事件に関係していた可能性があるとみている。

 捜査本部では、これまで犯人像について、犯行当時15〜35歳で、身長175センチ前後、肥満体形ではなく、パソコンの知識がある者とみており、これらの条件に合うスケートボード愛好者の割り出しを急ぎ、現場に残された指紋の照合で犯人の特定を進める。また、遺留品のヒップバッグがスケートボード愛好者から別の人物に渡された可能性についても調べを進める。

産経・iza 08/02 05:02

2006年07月20日

一家殺害の話題本、「事実と違う」と捜査幹部

 平成12年に東京都世田谷区の会社員、宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件を題材にした「世田谷一家殺人事件−侵入者たちの告白」(草思社刊、齊藤寅著)について、警視庁の光眞(みつざね)章捜査1課長は19日、殺害方法など10項目を挙げ、「事実と異なる記述が多い」と述べた。捜査幹部が事件を扱った出版物の真偽について公式に言及するのは異例だ。

 同書は多国籍の「クリミナル・グループ」による犯行とする話題のノンフィクションで、発売2週間で25万部が売り出されたベストセラー。

 光眞課長は「内容は全般にわたり根本的に事実と異なっており、誤解を生じさせる恐れが高い。今後の捜査に悪影響を及ぼすことが懸念される」とコメント。その上で、これまでの捜査結果と異なる点として、(1)侵入方法(2)殺害方法(3)被害者の致命傷(4)犯人の治療行為(5)パソコンの操作(6)遺留指紋(7)遺留品(8)逃走方法(9)被害者の当日の行動(10)被害者の親族−の10項目をあげた。

 具体的には、侵入方法として「手製のガラス切りを使って、風呂場窓の鍵(クレッセント錠)の部分を手首が入るくらいに切り取ってしまう」との記述があるが、実際には窓は割られていなかった。また、「母親の胸にアーミーナイフを叩きつけた」とあるが、泰子さん=当時(41)=の傷は顔に集中し、胸を刺された形跡はなかった。宮沢さんの「指が切れ落ちた」との記述についても指の欠損はなかったといい、「侵入から逃走に至る経緯で事実が異なっている」としている。

 草思社と齊藤寅さんは連名で「本書は筆者が取材の過程で知り得た情報をありのままにまとめたものであり、あくまで事件解決の一助となることを願って出版したものです。捜査を妨げる意図はまったくありません」とのコメントを出した。

産経・iza 07/20 10:03

2006年07月19日

世田谷一家殺人の本「事実と違う」と警視庁捜査1課長

 東京都世田谷区で2000年12月、会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件を巡り、先月末に出版された「世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白」(草思社)について、警視庁捜査1課の光真章課長は19日、「内容がことごとく事実と異なっており、捜査に悪影響を及ぼす」などとするコメントを発表した。

 事件捜査にあたる警察幹部が、出版物の内容について公式見解を表明するのは極めて異例。

 この本の筆者は、元週刊誌記者で、真犯人を知る男のインタビューに成功したという内容。先月21日に出版され、公称25万部を売り上げるベストセラーになっている。

 光真課長は、本の記述のうち、4人の殺害方法や宮沢さん宅への犯人の侵入経路、遺留品など10項目について捜査で認定している事実との相違点を指摘。その上で、「誤解を生じさせる恐れが極めて高い」などとする見解を明らかにした。

 これに対し、草思社は元週刊誌記者と連名で「著者が取材で知り得た情報をありのままにまとめたもの。捜査を妨げる意図はない」とコメントしている。

(2006年7月19日22時31分 読売新聞)

2006年05月12日

世田谷一家殺害事件、警部補が虚偽の報告書作成

 東京都世田谷区で00年12月、会社員宮澤みきおさん(当時44)一家4人が殺害された事件の捜査に携わっていた警視庁小平署地域課の男性警部補(57)が、実際には会っていない住民から聞き込みをしたなどとする虚偽の捜査報告書を作成していたことが分かった。警視庁は12日、警部補を虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで書類送検するとともに、停職3カ月の懲戒処分とした。警部補は同日付で辞職し

 人事1課によると、警部補は当時、捜査本部がある成城署の生活安全課に所属。警部補は01年5月〜04年6月、担当地域で住民が不在だったり、協力が得られなかったりしたにもかかわらず、住民から聞き取ったとする報告書35通を作成し、提出したとされる。指紋採取では、自分や妻の指紋を押していたという。

 捜査の洗い直しの過程で、捜査協力をしたことがない人の捜査報告書が存在していることが分かり、発覚した。

asahi.com 2006年05月12日21時55分

世田谷区の一家4人殺害、警部補が報告書ねつ造

 警視庁小平署地域課の警部補(57)が、東京都世田谷区で会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件(2000年12月)の捜査に当たった成城署特捜本部に在籍していた当時、聞き込み捜査で虚偽の報告書を作成したとして、警視庁は12日、虚偽有印公文書作成・同行使の疑いでこの警部補を書類送検し、3か月の停職処分にした。

 警部補は同日、辞職した。

 同庁によると、警部補は01年5月〜04年6月、付近住民の聞き込み捜査で、実際には会っていない住民ら43人について、十分に話を聞いたと偽った報告書を計35通偽造した疑い。

 当時、特捜本部は、住民に指紋を押してもらうこともあったが、偽造報告書には、警部補と妻の指紋が押されていた。警部補は「協力を得られず、やってしまった」と供述している。特捜本部が最近になって改めて聞き込みし、虚偽が判明した。

 同庁は「捜査への影響はなかった」としている。

(2006年5月12日20時36分 読売新聞)

世田谷一家殺害で虚偽報告書

6年前、東京・世田谷区で会社員の一家4人が殺害された事件の捜査を担当していた警視庁の警部補が、現場周辺の住民に聞き込みをしたように偽ったおよそ40人分のうその捜査報告書を作っていたことがわかりました。

指紋を押してもらう書類には、警部補自身の指紋などを押していたということで、警視庁は、警部補を書類送検するとともに懲戒処分にしました。

書類送検されたのは、警視庁成城警察署に勤務していた57歳の警部補です。警視庁の調べによりますと、この警部補は、平成12年の大みそか、東京・世田谷区で会社員の宮沢みきおさん(当時44歳)の一家4人が殺害されているのが見つかった事件の捜査を、発生直後から担当していました。

事件の翌年から3年間にわたり、現場周辺の住民に聞き込みをしたように偽った43人分のうその捜査報告書を作っていたとして、虚偽有印公文書作成などの疑いが持たれています。住民の了解を得て指紋を押してもらう書類には、警部補自身や警部補の家族の指紋を押していたということで、これらの指紋は、現場に残された犯人の指紋と一致するかどうか鑑定も行われていました。

警部補は容疑を認め、「住民が不在だったり協力を得られなかったりして、聞き込みが思うようにできなかった」と供述しているということです。

警視庁は、12日、警部補を書類送検するとともに懲戒処分にしました。警部補は辞職の意向を示しているということです。また、当時の上司数人を訓戒などの処分にしました。

NHKニュース 05/12 15:21

2006年05月04日

世田谷区一家殺害事件 遺族が絵本出版、記念講演

 自らの思いを込めた絵本「ずっとつながってるよ」を紹介する入江杏さん(右端)=東京都台東区で3日午後3時10分、馬場理沙写す

 東京都世田谷区の宮沢みきおさん(当時44歳)方で00年暮れに発生した一家4人殺害事件の遺族、入江杏さんが事件を題材にした絵本を出版し、3日、台東区の東京国立博物館で記念講演をした。入江さんは、みきおさんの妻泰子さん(同41歳)の姉。「(亡くなった人たちと)いつもつながっているという思いが、前に進む力をくれる」と語った。

 出版した絵本は「ずっとつながってるよ」(くもん出版、1050円)。殺害された姪(めい)のにいなちゃん(同8歳)、甥(おい)の礼君(同6歳)が大切にしていたクマのぬいぐるみ「ミシュカ」が主人公。突然の家族4人との別れから、ミシュカが立ち直る姿を描いている。

 入江さんは事件後、ショックから立ち直れずにいたが、絵本を声に出して読むことで次第に心が癒やされたという。

 講演会で入江さんは、にいなちゃんが読んだ絵本「スーホの白い馬」を朗読。馬のなきがらで作った楽器が人々の心をうつストーリーを事件に重ね、「自分も妹(泰子さん)たちの遺志をくみとり、社会につなげたい」と話した。

 講演を聴いた江東区の主婦(37)は「長い年月を経てようやく多くの人に語れるようになった入江さんの痛みが伝わった」と話した。【宮川裕章】

(毎日新聞) - 5月4日10時5分更新

世田谷一家殺害、被害者の姉が絵本で“その後”描く

 東京都世田谷区で2000年に起きた会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家殺害事件の遺族で、亡くなった子供たちが大切にしていたクマのぬいぐるみを題材にした絵本「ずっと つながってるよ」(くもん出版)を出版した入江杏(あん)さん(48)が3日、東京・上野の東京国立博物館平成館で講演した。

 入江さんは、みきおさんの妻泰子さん(同41歳)の姉。絵本では、ぬいぐるみの「ミシュカ」が一家を失った悲しみから立ち直るまでを描いた。

 入江さんは、事件後、遺志をどう社会に伝えるかを考えるようになるまでの経緯について話し、「自分は人とつながっているという思いこそ、前に進む力だと伝えたい」と訴えた。

 また犯罪被害者報道についても触れ、「自身はこれまで匿名を通してきたが、実名発表されてもその人らしく生きられる社会の実現を願っている」と結んだ。

(2006年5月4日0時6分 読売新聞)

2006年05月01日

悲しいけど忘れない…世田谷一家殺害、遺族が絵本

 東京都世田谷区で2000年に起きた会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家殺害事件の遺族が今月、絵本を出版す

 2人の子どもが大切にしていたクマのぬいぐるみが、悲しみから立ち直っていく物語。遺族は「人は悲しみを乗り越える力を持っていることを伝えたい」と話している。

 絵本は「ずっと つながってるよ」(くもん出版、32ページ)で、みきおさんの妻、泰子さん(同41歳)の姉、入江杏さん(48)が製作。入江さんが夫妻の長女、にいなちゃん(同8歳)と長男、礼ちゃん(同6歳)に贈った「ミシュカ」が主人公だ。

 姉弟といつも一緒だったミシュカの前から、ある日突然、一家が消えてしまう。どんなに待っても戻らず、かなわない願いもあるということをミシュカは知る。だがある日、霜柱を踏むと、2人の呼ぶ声が聞こえ、2人が風や光になっていつもそばにいることに気づくというストーリーだ。

 入江さんは昨春、にいなちゃんの友達の親から、子どもたちもまだ気持ちの整理がついていないと聞き、「生きているとつらい別れもあるが、大切な人は見守ってくれていると伝えたい」と、絵本作りを決めた。

 当初は、家族や2人の友達に読んでもらおうと考えていたが、泰子さんの友人から「多くの人に読んでもらうべきだ」と勧められ、出版を決めた。入江杏は、2人の名のローマ字のつづりを並べ替えた筆名だ。

 最初は、表紙のミシュカの目に涙を描いていたが、迷った末に消した。「不条理な別れに遭遇した人を、優しく励ます本になればと思ったから」。ミシュカは今、入江さん宅のピアノの上に大切に飾られている。

 早い地域では1日に発売。売り上げの一部は犯罪被害者支援に使われる。3日午後2時からは、東京・上野の東京国立博物館平成館で朗読と講演が行われる。

(2006年5月1日3時7分 読売新聞)

2005年12月10日

警視庁から「犯人に告ぐ」 世田谷の一家4人殺害事件

 世田谷一家4人殺害事件は今月で5年を迎える。警視庁は30の警察署から優秀な刑事106人の「最強メンバー」をそろえ、一般職員を含む1500人にも現場を検分させる(写真)など勝負を懸けた捜査を展開している(時事通信社)10時32分更新

 警視庁捜査員より、犯人へ−。東京都世田谷区で2000年12月に起きた宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人殺害事件で警視庁は10日までに、メディアを通じて犯行の動機などを「犯人」に問う異例のメッセージを作成した。

 事件から間もなく5年を迎えるのを機に、警視庁成城署が11日に現場近くの公園で開く「事件解決に向けた集い」の中で、捜査員が報道陣を前に読み上げ、犯人に語り掛ける。

 メッセージは「犯人」と「犯人の家族」あて。犯人には「あなたの目的は何だったのか。4人を殺害してまで果たそうとした、その目的は。このまま闇の中で、あなたはそれで良いのか」と動機を問う。

 犯人の家族には「家族は、犯人が誰であるかを知っているのではないでしょうか。裁きを受けてこそ、家族の明日があるのではないでしょうか」と呼び掛ける。

(共同通信) - 12月10日19時56分更新

犯人「漢字読む能力」、書類物色の跡 世田谷一家殺害

 東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん一家4人が殺害された事件の、一家の追悼集会で、凶器と同じ包丁を示しながら情報提供を求める土田猛成城署長(左)。右は犯人と同じ服装の警察官(11日、世田谷区上祖師谷)(時事通信社)18時09分更新

 東京都世田谷区で00年12月、会社員宮澤みきおさん(当時44)の一家4人が殺害された事件で、警視庁成城署の捜査本部が犯人について、「漢字を読み分ける能力のある人物」とみていることが分かった。室内で宮澤さんと妻泰子さん(同41)の免許証などのカード類を仕分けした形跡があるという。捜査本部は、5年の捜査で浮かび上がった犯人像をまとめたカードを全職員に配布、該当する不審者情報の収集を始めた。

 調べでは、宮澤さん方2階の居間のソファの上にカード類が並べられており、近くには手帳や運転免許証など、生年月日などが分かる書類が集められていた。戸棚の引き出しは下の段から順に引き出され、物色された跡があった。泰子さんが自宅で開いていた学習塾の会費約20万円がなくなっており、現金が抜き取られた財布もあった。

 捜査本部は、犯人が宮澤さん夫妻の預金を狙い、キャッシュカードの暗証番号を推測するため、生年月日などが分かる書類を物色したとみている。

 捜査本部は職員に配布したカードで、犯人像について(1)血液型がA型で15〜35歳の男(2)金銭に困窮している(3)現場に土地勘がある(4)海外渡航歴がある(5)小鳥を飼育している可能性がある——などの特徴を挙げている。

 犯人は1人とみられており、指紋が室内の至るところに残っていた。侵入から約11時間も室内にとどまっていたとみられる。殺害後、冷蔵庫にあったアイスクリーム4個を食べながら、みきおさんのパソコンを操作し、インターネットを閲覧。返り血を浴びたトレーナーをきれいにたたんで室内に残すなど異常な行動が目立つ。

     ◇

 どんな気持ちで一家4人を皆殺しにしたのか、事件を起こして何を訴えたかったのか——。事件の捜査本部が置かれている成城署は11日、発生から5年を迎えるのを機に、宮澤さん一家を追悼する集会を開く。

 凶行の犠牲となった一家を悼むとともに、犯人側の反応を呼び起こそうと、同署の刑事が犯人やその家族に向けて直接メッセージを送る。個別の事件について警察が犯人に呼びかけるのは異例だ。

 集会は11日午前10時から世田谷区上祖師谷3丁目の宮澤さん方前の都立祖師谷公園で開かれる。犯人への呼びかけのほかに、明治大学吹奏楽部によるトランペットの演奏で一家を悼む。

asahi.com 2005年12月10日17時38分

世田谷一家殺害から5年、金銭目当ての疑い強まる

 東京都世田谷区で2000年暮れ、会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件から、まもなく丸5年となる9日、警視庁成城署特捜本部の捜査員が、報道陣の取材に応じ、事件解決の決意を語った。

 5年間の捜査で、家族には犯行に結びつくトラブルが見当たらないことから、特捜本部は「えん恨ではなく金銭目的の犯行」との見方を強めており、広く情報提供を求めている。

 特捜本部によると、宮沢さん方は、収納棚、整理ダンス、納戸のほか、食器棚や冷蔵庫まで物色されていた。室内に残っていた現金は、1階の本棚にあったビニール袋入りの6万1000円と2階の廊下に散らばるなどした小銭約2000円だけで、財布の中の現金や記念硬貨など約20万円が奪われていた。

 2階浴槽には、空の財布、50円前後だけ入った小銭入れ、鍵、バッグなどが投げ込まれていたことから、犯人は金目のものを選別していたとみられる。

 また、2階居間のソファの上に夫妻の運転免許証が置かれ、近くにキャッシュカードやクレジットカードなどが散乱していたことから、犯人がカード類の暗証番号を調べていた可能性があるという。

 この日、宮沢さん方近くで報道陣の取材に応じた捜査1課の末吉信夫・警部補(52)は、「長女のにいなちゃん(当時8歳)の小さな手にも、犯人の刃(やいば)から身を守ろうとしてできた傷があった。犯人をとことん追い込んで、必ず捕まえる」と誓う。成城署の栗山長尚・巡査長(38)も「捜査は止まっていたわけではない。必ず犯人にたどり着き逮捕する」と力を込めた。

(2005年12月10日1時36分 読売新聞)

2005年11月21日

世田谷一家4人殺害、犯人のバッグから外国洗剤の成分

 東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん一家が00年12月、自宅で殺害された事件で、警視庁成城署は21日、事件の概要や犯人像を記したカードを作成、同庁の全警察官4万人余に携帯させた(画像を一部処理)(時事通信社)14時31分更新

 東京都世田谷区で2000年暮れ、会社員宮沢みきおさん(当時44歳)一家4人が殺害された事件で、犯人が現場に残したヒップバッグから、外国製洗剤とみられる成分が検出されていたことが21日、警視庁成城署特捜本部の調べでわかった。特捜本部では、犯人が海外への渡航歴があるとみて、調べている。

 調べでは、ヒップバッグの表面から、米国など外国の硬水によく溶ける洗剤の成分が検出された。犯人が、ヒップバッグに付いた汚れを落とした際に使用したとみられる。

 一方、特捜本部は、事件の概要や犯人像をまとめた携帯用カードを約5万枚作成し、21日、同庁の全警察官と職員に配布した。カードには、推定される犯人の身長(175センチ前後)や血液型(A型)などが記載されている。

(2005年11月21日13時50分 読売新聞)

2005年11月13日

金目当て、犯人像絞る=一人暮らし、18〜35歳男−世田谷一家4人殺害・警視庁

 東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん=当時(44)=の一家4人が2000年12月、自宅で殺害された事件で、警視庁成城署捜査本部が、怨恨(えんこん)ではなく金目当ての犯行との疑いを強めたことが12日、分かった。宮沢さん宅から現金20万円余がなくなったと特定できたことなどから判断。犯人像を「当時一人暮らしで、金に困っていた18歳から35歳の男」と絞り込ん

(時事通信) - 11月13日6時1分更新

【警視庁】・上祖師谷三丁目一家四人強盗殺人事件(事件概要)

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