【ロンドン=蔭山実】英国に亡命していたロシア連邦保安局(FSB)元幹部、アレクサンドル・リトビネンコ氏が放射性物質ポロニウム210を使って毒殺されたとみられる事件で、ロンドン警視庁は26日までに、本格捜査に乗り出した。事件にロシアが絡んでいるとの指摘以外にも、自殺説など諸説が入り乱れ、背後関係は混沌(こんとん)としている。
リトビネンコ氏は1990年代後半から、FSBの不正を暴こうとして組織のトップだったプーチン大統領と敵対。2000年に英国に亡命した後も、大統領に対する批判を緩めなかった。
大統領は事件とロシア政府の関係を強く否定している。だが、ポロニウム210は核関連施設以外からの入手は困難と専門家は指摘しており、ロシアが事件の背後にいるとの見方は依然、根強い。
26日付の英紙タイムズは「08年の大統領選挙で(プーチン大統領)自らが望む後継者にスムーズに政権を引き継ぐのにリトビネンコ氏は邪魔な存在だった」と指摘。大統領の指示を受けたロシア情報機関による暗殺との説の背景を説明した。同氏と親交があったアンドレイ・ネクラソフ氏は同日、BBCテレビで「大統領が暗殺を指示したとは思えないが、大統領とつながっている犯罪組織があると思う」と語った。
リトビネンコ氏が体調を崩した今月1日にロンドン市内で会った人物は、いずれも関与を否定している。
すしバー「イツ」で会食したイタリア人のマリオ・スカラメラ氏は、政府とつながりのあるサンクトペテルブルクの犯罪組織が同氏と自らの命を狙っていたと主張。入院先のユニバーシティカレッジ病院などに足を運び、繰り返しリトビネンコ氏を見舞ったロシアの元政商、ボリス・ベレゾフスキー氏も、ロシア政府の関与を指摘した。
一方、同日、ミレニアムホテルで会ったFSB時代の同僚でビジネスマンのアンドレイ・ルゴボイ氏は、ロシア紙に対し、リトビネンコ氏が頻繁に運転手を務めていたチェチェン共和国独立派幹部ザカエフ氏と間違われ、敵対勢力に毒を盛られたとの見方を示した。
当初、「第3の男」として疑惑が高まった身元不明の「ウラジーミル氏」は、ルゴボイ氏の同僚のドミトリ・コフツン氏と判明した。
■「遺書」捏造疑惑も
27日発売の米誌ニューズウィークは、FSBの前身の旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身者でつくる秘密交友組織「尊厳と名誉」から、リトビネンコ氏が警告文書を受け取っていたと報じた。
同氏は生前、英日曜紙サンデー・タイムズのインタビューに「ロシアの情報機関がわたしの監視を続けていた」と証言、昨年末までロンドンのロシア大使館に外交官として勤務していた「ビクトル・キロフ」という名前を挙げている。さらに英大衆紙は、ロシア特殊部隊「スペツナズ」出身の「イーゴリ」と呼ばれる人物が実行犯だと報道している。
一方、ロシア国内では、プーチン政権の評判を落とす目的で、リトビネンコ氏が情報機関の犯行を装って自殺したとの説がささやかれるなど、英国内などで有力視されているロシア情報機関犯行説を否定する論調が目立つ。
イズベスチヤ紙は、リトビネンコ氏が不治の病にかかっていたと仮定、その場合、「自殺説は荒唐無稽(むけい)ではない」としている。また、リトビネンコ氏が死の間際に口述したとされる「遺書」についても、捏造(ねつぞう)の疑いを示唆している。
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■多数の露亡命者
【ロンドン=蔭山実】今回の事件では、英国亡命するロシア人が多いことも浮き彫りになった。反体制派か諜報(ちょうほう)活動での「裏切り者」という旧ソ連らしいケースが目につく。身の危険のある外国人を受け入れて安全を保障するという英国の伝統があるからだ。
リトビネンコ氏のほかに富豪のべレゾフスキー氏、チェチェン独立派指導者のザカエフ氏らもロシアからの亡命者で、政府と対立し、生き延びるために逃れてきた。
英国では大英帝国の名残で多文化社会が根づき、移民や難民、亡命者を受け入れてきた。母国で殺害されるような危険がある人物は人道的な配慮から英国内に避難させる土壌がある。
英社会には自由を尊重する伝統的な価値観が強く、亡命者でも言論の自由や人権が保障され、反政府活動も認められる。市民権を得れば、英政府は自国民として身を守り、亡命者には安心できる国だといえる。
産経新聞 (11/28 01:50)