2008年12月13日

世田谷一家殺害、両親が声振り絞り「今も悔しい、悲しい」

事件発生から丸8年を前に、記者会見する宮沢みきおさんの両親(13日午前、東京・世田谷区で)=三浦邦彦撮影

 東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん(当時44歳)宅で一家4人が殺害されてから今月末で丸8年。捜査が長期化する中、みきおさんの両親が13日、記者会見し、事件の早期解決に向けた情報の提供や時効制度の見直しなどを訴えた。

 この日、みきおさんの自宅近くの公民館で午前10時に始まった会見には、みきおさんの父良行さん(80)と母節子さん(77)の2人が出席。節子さんが会見に臨むのは事件後初めてで、良行さんが「情報を集めるためには、恥ずかしいなどとは言っていられない」と、節子さんを説得して出席させたことを明らかにした。良行さんはみきおさん一家について「親にとってこれ以上ない良い家庭だった。これがたちまち壊されてしまい、うまく言葉にできないほど今も悔しいし、悲しい」と声を振り絞った。

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2008年04月20日

「啓祐、君を忘れない」 筑前いじめ自殺で両親が手記

SEB200804200010.jpg森啓祐君の両親が出版した手記「啓祐、君をあ忘れない」

 いじめを苦に06年10月に自殺した福岡県筑前町の森啓祐君(当時13)の両親が、手記「啓祐、君を忘れない」を出版した。副題は「いじめ自殺の根絶を求めて」。2人は「同じ世代の子どもを持つ親たちに読んでもらいたい。この問題を第三者の視点ではなく、自分のこととして考えるきっかけにして」と訴えている。

 「人は記憶が薄れていく。いまの心境を、いましか書けないものを、きちんと伝えていきたい」。啓祐君が亡くなって最初の節目となった昨年夏の初盆、父親の順二さん(41)と母親の美加さん(37)は執筆を決意した。それから今年2月まで、約半年かけて書き上げた。

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2007年12月30日

フセイン元大統領処刑から1年、イラクで消えぬ宗派対立

フセイン元大統領の絞首刑が執行されてから30日で1年。写真はバグダッドで開かれた公判で死刑を言い渡され、右手人さし指を突き上げて叫ぶフセイン元大統領(2006年11月5日撮影)

 【カイロ=宮明敬】イラクのフセイン元大統領が判決確定後わずか4日で絞首刑に処せられてから、30日で1年が過ぎた。

 死刑執行人がイスラム教スンニ派の元大統領をののしり、シーア派指導者を礼賛する映像がネットで流され、死刑は宗派対立をさらにあおる結果になったが、シーア派主導のマリキ政権は1年後の今も、その傷を癒やし、国民和解を実現する政治的措置を講じられないでいる。

 テロと宗派対立に揺れる「フセイン後のイラク」で、国民和解を進める施策として注目された「非バース化」緩和法案は今年11月、国民議会に提出されたが、成立の見通しは立っていない。フセイン政権を担ったために公職追放された旧バース党員(スンニ派が主流)を、再び公職に復帰させる法案だが、シーア派強硬派指導者ムクタダ・サドル師の影響下にある議員らが強く反発しているからだ。

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現場に献花、犯人逮捕誓う――世田谷一家殺害事件から7年

世田谷一家殺害事件から7年。現場前の献花台に献花する警視庁の捜査員ら=30日

 東京都世田谷区で2000年、会社員宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が自宅で殺害された事件は30日で発生から丸7年を迎えた。宮沢さん宅前には献花台が設けられ、警視庁の舟本馨刑事部長や捜査員らが白いカーネーションを手向け、犯人逮捕を誓った。

 成城署捜査本部はこれまでに延べ16万1000人の捜査員を投入。現在は60人態勢で「物取り」と「恨み」の両面から捜査を続けている。

 今年に入り、宮沢さんの自宅から半径500メートルのエリアを中心に、住民らへの聞き込み捜査を再徹底。これまで漏れていた住人や転出者情報の洗い出しに努める一方、了解の得られた住民から指紋や唾液を採り、現場に残された犯人の指紋やDNA型との照合作業を進めている。

 事件は2000年12月31日に発覚。宮沢さんや妻泰子さん=当時(41)、長女の小学2年にいなちゃん=同(8)=が刃物で刺殺され、長男で保育園児礼ちゃん=同(6)=は鼻や口をふさがれ窒息死していた。
〔共同〕

NIKKEI NET 2007/12/30 (12:11)

一般手紙類の物色跡なし=直近年賀状だけ消える−世田谷一家殺害7年・警視庁

東京都世田谷区で宮沢みきおさん一家4人が殺害された事件で、発生から丸7年を迎えた30日、警視庁の捜査幹部らが現場となった宮沢さん宅で献花し、解決への誓いを新たにした(同日午前、東京都世田谷区上祖師谷)

 2000年12月、東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件で、警視庁成城署捜査本部は29日までに、一家に届いた一般の手紙やはがきに物色された形跡がないことを確認した。同年正月分の年賀状だけが消えており、犯人が持ち去った疑いもあるとみている。

 犯人がけがをして止血に生理用品の裏面を使ったことも判明。事件は30日で発生から丸7年を迎え、捜査本部は恨みと金目当てを視野に幅広く捜査している。

2007/12/30-02:35 時事通信

2007年12月28日

【衝撃事件の核心】捜査“滑って”いないか 世田谷一家4人殺害事件の7年

宮沢みきおさん、妻の泰子さん、長女のにいなちゃん、弟の礼ちゃんが遺体で発見された。衝撃の事件現場となった宮沢さん宅で検証を行う捜査員たち=平成12年12月31日午前(本社ヘリから宮川浩和撮影)

 平成12年に東京都世田谷区で発生した宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人殺害事件は、30日で発生から丸7年を迎える。妹の泰子さん=同(41)=家族を一瞬で失った入江杏さん(50)は今月、心の変遷をつづった「この悲しみの意味を知ることができるなら」(春秋社刊)を出版。心の傷は癒えないが、遺族として事件と真正面から向き合おうと歩み出した。一方、警視庁成城署捜査本部は当初の捜査に“漏れ”があった反省を踏まえ、現場周辺での聞き込みなど基本捜査への「原点回帰」を徹底している。風化と戦いながら、7年の時を埋める捜査が続く。(森本充)

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2007年12月25日

世田谷一家惨殺 被害者姉が出版 喪失と絶望、再生の物語

「本を書いている時間が幸せだった」と語る入江杏さん=東京都千代田区で2007年12月3日午前11時28分、内藤絵美撮影

 00年12月31日、世紀末の東京で一家4人が惨殺された。「世田谷事件」の名で記憶される未解決事件で、当時隣家に住んで発見者となった被害者の姉が、7年後の年の瀬に心の軌跡を本に記した。書名は「この悲しみの意味を知ることができるなら」。喪失と絶望の果てに出会った再生の物語がつづってある。

 07年師走の都心。事件後に転居した家の近くのカフェに、五十路に達した姉がいた。テーブルに置かれた本には「入江杏」の著者名がある。8歳と6歳で早世しためいとおい。我が子のように愛した二人の「証」を遺(のこ)そうと、二つの名をローマ字にし並べ替えてペンネームにした。

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